ASEANのM&Aにおける人事・労務デューデリジェンス(DD)のポイント
M&A のプロセスにおけるデューデリジェンス(DD)の中で、特に人事(労務)面で検討しておく課題にはどのようなものがあるでしょうか。 現地企業買収の検討を行う際に行われるデューデリジェンス(DD)について、特に中小規模のM&Aでは、人事・労務DDとして別個にDDを行うケースは多くはなく、労務コンプライアンスの観点は法務・財務・税務DDの枠内で行われることもあります。 1.労務の観点 例えば、DDにおいて多額の未払残業代が発見された場合、買収価格の減額要因となる可能性があります。インドネシアなどでは、会社のステータス(株主)の変更に際し、会社を退職する正社員に対し労働法上、退職金を支払う必要がありますが、実務上、労使交渉の結果、会社を退職しない社員に対しても、株主の変更時に退職金の支払いを余儀なくされる事例があり、そのリスクについてDDで把握・検討する場合もあります。 ASEAN各国の労働法は、全体的には労働者保護の強いものとなっている一方で、コンプライアンスの欠如により、監督官庁が指摘・制裁を与えるレベルは国によって異なります。DDのスコープについては、被買収企業が事業展開している国の法制度検討しながら決定する必要があります。 DDにおいて、労務コンプライアンス分野で把握する主な項目は下記のようなものになります。労働争議の状況などは国によって大きく異なりますので、特にストライキやデモなどの激しい国では、これまでの労使間の関係性(労働組合とのやり取りなど)も把握することが重要です。 ((労務コンプライアンスにおけるの主な調査項目) 監督官庁への報告義務 就業規則や雇用契約書などの法的効力・遵守状況 給与・残業代・手当・退職金と税金 社会保険料 労使関係・労働組合の状況・トラブルなど 2.人事の観点 人事の観点では、対象会社や事業の人事制度の実態を把握し、人事上のリスク等の有無を分析するために行う調査になります。この調査では、リスク等の把握だけでなく、その先のM&A成立後の統合プロセス(PMI)を見据えた項目をカバーすることが重要になります。 ASEAN の現地企業の特徴の一つとして、特定の社員(または幹部)が強い影響力を持っているなど、「組織力」よりも「個人力」によって現存のビジネスが成り立っているケース があります。その場合、買収後にマネジメントの体制が変更し、人材の流出が生じることもめずらしいことではありません。 人事制度や福利厚生制度、労務管理や労使間の関係性は、各国の法制に影響を受けるため日本の考え方が通用しないケースが多くあります。買収を検討するにあたり、対象会社の人事制度や給与体系などを理解し、買収後の総額人件費の水準把握や、給与水準の市場比較などを行います。 買収価格やPMIに影響を与えることが予想される項目は下記のようなものがあります。 ASEANでは、最低賃金の上昇率が毎年5%を超えており、国によっては上昇率が高水準で推移しています。離職率・転職率が高いASEANにおいては、対象会社の給与水準が市場と比較してどうなのかのベンチマークチェックを行うことは極めて重要です。